物語と地域づくり

田村 喜子

作家

特定非営利活動法人 風土工学デザイン研究所 理事長

日本文芸家協会・日本ペンクラブ会員

国土交通省独立行政法人評価委員

京都府立大学文学部卒

都新聞社報道部記者を経て作家活動に入る

琵琶湖疏水をつくりあげた男たちの苦闘を描いた

「京都インクライン物語」で第1回土木学会著作賞を受賞

 

 岩手県の地図をひろげると、山地が大部分を占め、ほぼ中央に細長くのびる平野部と、そこを貫く北上川、そして大河に流入する無数の川が描かれている。山岳部にルーペをずらしていくと、真昼山地があり、牛形、兎森、蜂巣、鹿ノ子、猿橋など、いかにもいわくありげに動物の名をつけた山や地名が目について、民話のふるさとのイメージにぴったりである。

 

 なかでも北上市は鬼にまつわる伝説の宝庫で、市立「鬼の館」があり、入畑ダム湖周辺の高原は、観光開発事業のひとつとして、平成2年、一般公募によって「鬼翔平(おにがけだいら)」という地名がつけられた。

 

 昨年、鬼の館が“鬼翔平”創作民話絵本化事業として鬼にまつわる創作民話を募集したところ、全国から(外国在住者からも)119編の応募があった。その中には風土工学研究所の竹林征三所長と私が連名で応募した作品も含まれており、審査の結果、最優秀賞に選ばれるという光栄に浴した。

 

竹林所長は土地に伝わる資料文献を短期間のうちに読破し、そこに風水土生を加味して風土工学的考察を加え、さらには地質まで調べあげて、見事な物語を構成した。ただし、その文体は論文のようなもので、民話からはほど遠かった。そこで私が文章に手を入れることになったのだが、民話を書くこと自

 

体はじめての体験で、戸惑うことも多かった。しかし、この作業のおかげで、風土工学というわかりにくい学問を、少しは理解できたように思う。

 

募集の規定どおり400字詰め原稿用紙10枚にまとめたものを、次は絵本用に要約した。地元の小学校低学年を対象にしたものではあったが、他の地方のひとが読む場合もあり得ると考えて、地の文章には方言を入れないことにした。

 

 民話は代々読み伝えられるものであり、民族の生活感情を表現する必要があり、しかも内容は人間形成のうえで核となる要素を持たせねばならないと考えて、人間は平和を愛し、みどり豊かな土地を創造した鬼は、あくまで心やさしい存在とした。  

 

現地のオーソリティの監修も加わって、「鬼かけっこ物語」は資料を網羅した作品に仕上ったが、創作にたずさわってみて、私はもっともっと日本語を磨きたいと痛切に感じたのである。

 

 日本は歴史的にも文化的にも非常に奥深い国である。そこに醸成された風土は際限もなく深く根を張っている。その風土を掘り起こし、物語や民話を構成し、さらには絵本にして配布すれば、地元民は“わが町の特性”や“わが町の誇り”を再確認するにちがいないと思う。