感性工学からみた“ものづくり”
長町 三生
文学博士
広島大学教育学部卒 同大学院博士課程終了
同大学助教授
ミシンガン大学工学部客員研究員
広島大学工学部教授をへて同大学名誉教授
国立呉工業高等専門学校長
広島国際大学人間環境学部長
受賞 アメリカ人間工学会「優れた外国人賞」
国際安全人間工学会「安全人間工学賞」
日本感性工学会「功労賞受賞」
1.感性とは
感性(Kansei)とは、ヒトが抱く感情でありイメージであり何かに対して抱く“心”である。最近の若者が無表情で無機質な顔をしていると評判が悪いが、他のヒトに対する関心が薄いことが原因であろう。他方、これまでの製品開発が顧客のニーズを取り入れることが薄かったことで市場が満足せず、営業活動も含めて顧客満足(CS)が叫ばれているが、いまや人間の感性を取り戻す時代(感性の時代)といってもよいであろう。
感性工学は、ヒト中心の社会を築く目的から、ヒトの感性を把握し数値化することで設計へ写像して、多くのヒトに喜ばれる製品づくりをすることを目的としている。“ヒト”には製品を作る側のヒトとそれを購入して使う側のヒトがいるわけで、使う側のヒトの完成を測定し数値化し設計する側のヒトにとって、使う側のヒト(External Customers)が喜び満足してくれることは大変うれしいことである。つまり両方のヒトにとって満足に結びつくことである。そのために、感性工学で開発したモノの設計はその分野の“トレンド”になることが多い。
もうひとつ満足してもらわなければならないヒトの集団がいる。それは工場の現場でものづくりをしている作業者に集団(Internal Customers)である。彼らがものづくりの現場で不満に思うと品質のよいものはできず、逆に仕事に満足するような働きが可能な場合には、顧客満足に結びつくような「優れもの」が生産される。このように感性といっても、「開発する側」・「使う側」・「ものづくりする側」の三者の感性が関わっている。
2.感性工学の実例
感性工学とは「顧客の感性を測定しそれを設計に盛り込む技術」であり、その為に@感性の測定、A感性の分析、B設計への変換、Cデザイン、と感性工学のプロセスが続く。
(1)感性工学の実例(External
Customers)
1)自動車:マツダのユーノスロードスタの場合、若者向きのスポーツカーを開発することを戦略として決定し、若者の乗り方・車の使い方の調査から、製品コンセプトを「人馬一体」と決め、それを表現するデザインエレメントを指定し、デザインした。10年前の発売からいまだに世界中で人気がある。
2)衣服:ブラジャーの調査から、ご婦人はブラジャーで「美しく上品になりたい」という感性を持っていることが分かり、その感性を設計上で表現するために、両方の乳房を中央に寄せ両側のボディラインの内側になるようにデザインした。これは1000万個以上売れると言う市場最高の販売実績となった。
3)シャンプー:女性にはカラーヘアーにいくつかの悩みを持ち、そのうえでサラサラした漢字に仕上がりを希望していることが、サロン調査で判明した。これを製品コンセプトとし、カテゴリー分類法を活用してコンセプトを分解し、それらをケミカルの分野で試料を作成(600種)し、それらのレビューを実施しながら良い材料に落とし込んだ。他方、いろいろなメーカーの容器を集めそれの感性評価から製品コンセプトに当てはまる容器の形とカラーを選んだ。この企業が経験したことがないほど売れているという。
(2)現場の感性を生かした(Internal Customers)
現場の感性からすると、コンベア方式の細切れ仕事ではやる気が出ず、すべてをまかされた責任のある工程になると、最終顧客を意識した品質の高い製品を作り上げる。この状態にするのがJob Desaign(Socio-Technical
System)である。つまりひとり(One-man)が小人数で仕上げる作業のやり方であり、今日Cell生産方式と呼ばれ、多くの企業で採用されている。
今や感性の次代である。あらゆる場面でヒトの完成に配慮が必要となっている。感性尊重がより人間らしい生活と社会を作り上げる考え方であるといえる(QOL)