劇場国家日本

岩井 國臣

国土交通副大臣

岩井國臣ホームページ:http://www.kuniomi.gr.jp

1962年建設省入省
九州地方建設局河川部長
中国地方建設局長
河川局長
財団法人河川環境管理財団理事長
1995年参議院に初当選(比例代表)
2001年初代国土交通大臣政務官
2001年参議院に2期目当選(比例代表)
2001年参議院決算委員長
2004年国土交通副大臣
著書に「桃源雲情―地域づくりの哲学と実践」
「劇場国家にっぽん」等。



はじめに
 公共事業バッシング・・・・。これは決して謂われなきバッシングでない。理由がある。その一つには、国土づくりにビジョンがなくなったということであろう。国土づくりのビジョンがなくなったので、無駄な公共事業というイメージが国民の間に定着してしまったのではないか。
 土木計画学というのがあるにはあるのだが、国土づくりのビジョンが示せていない。土木は、シビルエンジニヤリングであり、本来、国土づくりのビジョンが描けるようでないとダメだと思う。土木というものは、本来、「平和な国土づくり」とか「世界平和と地域づくり」というテーマに十分応えられなければダメだと思う。私が今日言いたいことはこのことである。

1.人類はるかなる旅 
 中沢新一の言う「東北」つまり「環太平洋の環」という概念とそこから展開される哲学は実におもしろい。おもしろいなどと言ってはいけないのかも知れない。すごいのだ。世界的スケールで東北地方の伝説や民話が理解できる。環太平洋の仲間たちよ、手を携えてやっていこう・・・・という感じだ。そのあたりの詳しいことは中沢新一の著書「熊から王へ(2002年6月、集英社)」からの抜粋「熊の主題をめぐる変奏曲」(http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/kumaetc.html)を御覧いただきたい。
熊を主題とする神話的思考、これは「対称性社会の知恵」の源泉であるが、この神話的思考の変奏曲は、北東アジアからアメリカ大陸にまでの広大な空間にまたがって・・・・さまざまな形で存在し、またそれは歴史的にも一万年以上にわたっての永い永い時間にわたって存在し続けているのである。東北でも、その変奏曲の一部が風土となって今なお息づいている。その代表は宮沢賢治であるし、盤司盤三郎などの民話や伝説である。三内丸山遺跡や大湯のストーンサークルなどの遺跡も何かを語りかけてくる。私たちは、それら東北の風土から神話的思考の変奏曲に耳を傾け、感性を磨き、「対称性社会の知恵」を自分のものとして身につけていかなければならないのである。

2.場所の論理・・・・「劇場国家にっぽん」の構造
 地域づくりとは、「場所づくり」である。道づくりとか川づくりというのは手段であって、それ自体が国土建設の目的ではない。国土建設の目的は、人々がイキイキと生きていけるための地域づくりである。そして、地域づくりとは、結局、「場所づくり」である。だとすれば、西田幾多郎の「場所の論理」とか中村雄二郎の「リズム論」とか、「場所」についての哲学が判っていないとダメ。
 コミュニティーとか環境の問題は、現在あらためて人びとが関心を向けざるを得なくなった「場所」の問題であるのだが、中村雄二郎によれば、そもそも「場所」というものは、そういうコミュニティーとか環境というような<存在根拠(基体)としての場所>のほかに、<身体的なものとしての場所>、<象徴的な空間としての場所>、そして<論点や議論の隠された所としての場所>の三つがあるという。 

3.「和のスピリット」
 「地域づくり」は「人づくり」であり「場所づくり」である。私が「劇場国家にっぽん」を提唱する所以の一つは、「場所づくり」において演出というものが不可欠だからである。私は、ビジター産業を日本のリーディング産業にしたいと考えており、そういう立場からすると、「地域づくり」には「演劇性」が必要であり、どうしても演出家の助けが必要だ。場所の演出にあたっては、その歴史的背景や伝統や文化が密かに感じられることが肝要だ。例えば、日本的集落の構成原理については薗田稔の素晴らしい研究があるが、「地域づくり」にあたっては、そういう学者の研究成果というものが訪れる観客に何となく感じられるような演出が望ましい。考古学的な研究成果によって、わが国の「歴史と伝統・文化」の実態が次第次第に明らかになってきており、そういった学問的研究成果にもとづいた「劇場性」というものがこれからの地域づくりの核心になっていくと思われる。
 そしてまた、「縄文との響き合い」とか「宇宙との響き合い」というものも「劇的空間」としては極めて大事である。きっと、そのような「地域づくり」は地域の人びとの流動的知性を養うに違いない。そして、そのことはまた、日本人の流動的知性を養うよすがとなろう。
 「和のスピリット」の出現する聖なる空間というものは、「宇宙との響き合い」のできる貴重な空間である。

4.ビジター産業のすすめ
 わが国のアイデンティティーは違いを認める文化にある。これをどのようにして文明にまで高めるかがこれからの課題である。
 第一に、憲法改正にあたって「歴史と伝統・文化の継承」を大きな柱にする。
 第二に、ビジター産業をわが国のリーディング産業に育てなければならない。
 第三に、歴史と伝統・文化にもとづく地域づくりを進めなければならない。
 第四に、さまざまな生物とスピリットの棲息空間を確保するためエコロジカル・ネットワークを整備したい。
 そして最後に、住民主導の地域づくりを進めなければならない。ここでは「劇場国家にっぽん」の姿(かたち)を支える、ビジター産業について触れてみたい。

5.地域と公共事業・・・・「町づくり型PFI」 
 公共事業とは私たちが生きる場づくりである。「伝統の技(わざ)と業(わざ)生き、歴史と風土を生きる」ためのインフラ整備を当然含んでいなければならない。そういう「伝統の技(わざ)と業(わざ)生き、歴史と風土を生きる」ための生活基盤を備えた集落こそ、これから私たちが目指すべきサステイナブル・コミュニティーであり、これからの公共事業はそのことをおろそかにするわけにはいかない。
 21世紀を生きるとは、河合隼雄が言う「矛盾システム」を生きるということであり、中沢新一が言う「モノとの同盟」を生きるということである。贈与原理(NPOの論理)は基本的に大事だけれど、私たちはそれだけでこれからの時代を生きるわけにはいかない。河合隼雄が言う「矛盾システム」を生き、中沢新一が言う「モノとの同盟」を生きなければならない。市場原理(企業の論理)と贈与原理(NPOの論理)によって・・・・私たちが生きる場づくりを進めることである。本業とは別に、二束のわらじをはいて、・・・そういう「伝統の技と業を生きる」ことであり、そういう「歴史と風土を生きる」ということである。