■ 1.嵐の末の漂着 ■

船が漂着した蚊口浦から陸に上がった福智王子は呆然とたちつくしました。

 「父上と弟たちは無事なのでしょうか。ああ、こんなことになるならば分かれて船に乗らなければよかった。」

 しかし、母之伎野が言いました。

「しっかりしなさい。父上も弟たちもきっと無事です。こういう時、皆を導くことができる人間に育ったと認めて、父上はあなたに一艘の船を任されたのですよ。」

母の言葉に、福智王子は平静を取り戻しました。

 「私がしっかりしなくては。私が皆を守り、導かなくては誰も代わりをやってはくれないのだ。まずは濡れた服を乾かさなくては。」

早速福智王子は、嵐でずぶ濡れになった衣冠束帯を乾かすことができそうな場*4を探し出し、そこへ一行を連れていきました。

 「それにしても、ここは寂しい所だなぁ。」

田は荒れ放題、ほとんどの家は壊れて、わずかに高台の集落に人影が見えるだけ・・・。しかし、福智王子はすぐその理由にきづきました。王子達をおそった嵐はこの地を同じ様に襲い、目の前を流れる大きな川が全てを洗い流してしまったのだと・・・。


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4)[もひろけ] 茂広毛または、毛比呂毛と書く。福智王が漂着した時、衣冠束帯や鞍を石の上で乾かしたところから毛比呂毛、または具良加計(くらかけ)の名がついたと言われている。裳拡け、鞍掛の意である。現もひろげ神社跡や鞍掛山付近と思われる。また、上陸した時、船がいたみ、帆が海水で濡れていた。そこで帆を広げ天日で乾かし、それ以降帆広げと呼ぶともいわれている。その付近に石船という地名があるが、彼ら一行の船が没したのでこの名がついたという。その他石船に乗ってきたため、もひろげの側の湿田のような川を石船と呼んでいて、石の船が出土したとか石のくりぬきが川によってできたなど諸説ある。また、この付近の田は米があまりとれないが、昔福智王が棄ててきた船が埋もれているからともいわれている。