5.戦いの勝利・福智王子の決心 ■

敵軍を打ち破った福智王子達でしたが、禎嘉王は戦闘中の矢による傷により亡くなりました。これまで、禎嘉王を助け協力した益見太郎(どんたろさん)は、嘆き悲しみ里人達とともに、小丸川の河原に近い塚ノ原*16に葬ってそこに祠をたてました。また、幼くして亡くなった華智王子は戦死した場所、伊佐賀*17に祀られました。

福智王子は、父禎嘉王と弟華智王子が神門の里人に手厚く葬られるのを見届けると、再び自分の居所を定めるために占いを始めました。占った玉には、麗容な山裾に広がる扇状地が映し出されていました。そこはまぎれもない、王子の出発の地比木でした。

福智王子は玉に映し出された比木Adobe Systemsの地を見つめながら、これまでお世話になってきた比木やその周辺の人々のことを思いました。そして比木の地に永住し里人のために自分のできることは何でも行おうと心に誓いました。福智王子は、神門に残ってこの里を守ると言う弟の伯智王子を残し、神門の里人達に別れを告げ、援軍に参加してくれた里人達にお礼を言いながら再び小丸川沿いを下って行きました。

16)[塚ノ原] 禎嘉王の墓といわれている。また、王が戦でなくなる際、紅梅をふくむ十名ないし十二名の女性が殉死し同所に埋葬されたとも言われている。

17)[伊佐賀] 百済王伝説では、伊佐賀での戦いが最大の攻防戦で禎嘉王は敵の流れ矢で戦死したと言われ、また伊佐賀神社には、伊佐賀で戦死した福智王子の弟華智王子が祀られているとされている。師走祭りでは、比木神社一行と神門神社一行が伊佐賀神社にて合流し神楽が奉納される。